スポーツ後のリカバリーに睡眠がとても重要な理由 エキスパートの解説
健康とウェルネス
パフォーマンス向上を目指しているなら、ワークアウトと同じくらい睡眠の習慣にも気を配ろう。
スポーツ後のリカバリーを促す方策といえば、主要栄養素の調整、ドライニードル、深部組織マッサージ、休養日の設定などの有効な手段がある。 だが、すでに誰もが自然に実践していて、大きな効果をもたらしてくれるリカバリー方法がある。それは睡眠だ。
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睡眠が重要な理由
2019年に学術誌『International Journal of Sports Medicine(国際スポーツ医学ジャーナル)』で発表されたレビュー論文によると、睡眠は健康全般に欠かせないものであり、スポーツのパフォーマンスにも大きな影響をもたらす。 睡眠不足によって反応は遅くなり、筋力や持久力も低下する。さらには気分の落ち込みや活力の低下にもつながると研究者たちは指摘している。
2021年に学術誌『British Journal of Sports Medicine(英国スポーツ医学ジャーナル)』では、スポーツ医学の専門家による合意声明が発表されている。その分析によると、一流アスリートになるほど睡眠不足の影響を受けやすい。移動、試合の開始時間、けがなどが原因で睡眠時間が総体的に足りなくなったり、どうにかして眠ろうとしても睡眠が妨げられたりする。 この論文の著者たちによると、アスリートだけでなく幅広い層を対象にした以前の調査から、睡眠不足は呼吸器感染症や心疾患のリスクなど、その他の健康上のリスク要因にもなることがわかっている。
2022年に学術誌『Journal of the American Heart Association(米国心臓協会ジャーナル)』で発表された研究によると、睡眠不足、睡眠過多、質の悪い睡眠パターンが心血管系疾患のリスクを高める要因になる。 また免疫系の反応、血糖値の調節機能、消化器系の健康維持といった他の要素についても、睡眠の質が影響を与えると見られる別の研究結果もある。
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こういった研究はすべて、睡眠がワークアウト後のリカバリーに効果をもたらす根拠になる。そう語るのは、クリス・ウィンター博士(シャーロッツビル神経学と睡眠医学研究所長)だ。 リフレッシュした気分で次のエクササイズに臨めるという効果だけでなく、睡眠によって心と体のエネルギーなど別の面でもパワーアップが感じられる。
「夜によく眠ることが大切なのは、翌日のパフォーマンス向上のためだけではありません。 睡眠の質は、思った以上に体に影響を及ぼします。トレーニング後のリカバリーを促進するだけではなく、健康上のほぼあらゆる側面に影響する可能性があるのです」
睡眠がリカバリーに役立つ理由
睡眠中、特に深い眠りに入っているときに、活動中には見られない体の回復機能が働く(ウィンター博士談)。 たとえば、脳下垂体から分泌される成長ホルモンによって新しい筋繊維が作られ、傷ついた筋肉組織が修復される。 トレーニングするだけでは、筋肉の大きさや筋力は向上しない。健康に詳しい専門家や、パーソナルトレーナーたちがそう語る理由のひとつも睡眠にある。 トレーニング中ではなく、ワークアウト後に筋繊維が修復されることで筋肉は強くなるからだ。 適切なリカバリーなしで筋力向上は望めない。過剰なトレーニングによって筋肉がさらに傷つき、炎症が生じる可能性もある。
リカバリーのもう一つの重要な要素は、ストレス緩和だとウィンター博士は言う。 エクササイズをすると、体と心にある程度のストレスがかかる。 日中にできるストレス解消法も効果はあるが、中枢神経系(CNS)が最もリラックスするのは睡眠中だという。 質の高い睡眠を夜間に取ることで、CNSをリセットできる。そうやって、慢性的なストレスによる潜在的な悪影響を減らす効果があるのだ(ウィンター博士談)。
睡眠とリカバリーの結びつき
睡眠はリカバリーを助け、スポーツのパフォーマンスを全般的に向上させる可能性がある。だが反対にスポーツも睡眠の質を向上させる。 筋力トレーニングなどの運動を習慣化すると、睡眠の質が向上することを証明した研究もある。
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筋力トレーニングを毎週の習慣に取り入れるとプラスの循環が生まれる。そう語るのは、睡眠とエクササイズについて研究するジェイソン・ベニー博士。サザンクイーンズランド大学(オーストラリア)で、身体活動に関する疫学の准教授を務める専門家だ。 運動を習慣にすると睡眠の質が向上し、睡眠の質が向上すると運動のパフォーマンスが高まる。相互にメリットをもたらす関係が築けるということだ。
2020年に学術誌『Preventive Medicine Reports(予防医学レポート)』では、ベニー博士が筆頭著者を務めた研究論文が発表されている。成人23,000人以上を対象にした調査から、レジスタンストレーニング(どんな頻度や強度でも)によって、不眠症の病歴がある人でも睡眠の質が向上することが明らかになった。 この調査は、18歳から65歳以上までの男女を網羅している点が重要であるとベニー博士は語る。
「対象者が多数であることを考えると、性別や年齢にかかわらず、睡眠とトレーニングの関係が誰にでも当てはまることを示す有力な証拠だと言えます。このようなレジスタンストレーニングと睡眠の強い相関関係には、いくつかの理由が考えられます」 その理由には、心拍変動や血圧を改善させたり、グルコースやコレステロールの調節機能を向上したりする睡眠の効果も含まれる。このような現象を見れば、質の良い睡眠と運動習慣が健康に役立つという事実にも納得できるだろう。 新しい運動習慣を始める前には、医師やトレーナーに相談することをおすすめする。
ベニー博士は次のように語っている。「健康にあまり意識を向けられなくても、2つのことを意識すれば健康になれるでしょう。 ひとつは、よく眠ること。もうひとつは、よく体を動かすこと。これが互いに作用して、睡眠と運動の質を高めてくれるはずです」
実際に必要な睡眠時間
睡眠がパフォーマンスやリカバリーに役立つことはわかった。ならば、どれだけの睡眠をとれば効果が出でくるのかという疑問も湧いてくる。 その答えは、1日に必要な水分量と同様に、個人の体質や環境によって異なってくる。 米国疾病管理予防センター(CDC)は、1日7~9時間の睡眠を推奨している。だがこれはあくまで目安だとウィンター博士は言う。
「1日の睡眠時間は、総合的なガイドラインとして役に立つかもしれません。しかしもっと重要なのは、1週間の合計睡眠時間です。 つまり夜更かしの悪影響が数日に及ぶほどでなければ、日によって睡眠時間に多少のばらつきがあるのは構いません」
1週間の合計で一定の睡眠時間(通常は50~60時間)をとるべきだと、ウィンター博士は述べている。 合計睡眠時間を増やすために多少の昼寝が必要になる日も、毎日ではなく時々あるくらいなら問題ないと博士は語る。 万人に共通する理想の睡眠時間は定義できない。就寝時刻や起床時刻をあれこれ試して、自分に最適な睡眠時間を習慣化する必要がある。
学術誌『British Journal of Sports Medicine(英国スポーツ医学ジャーナル)』に掲載された共同論文では、トレーニングの強度やリカバリーの要件など、個人の必要性を考慮した個別のアプローチが推奨されている。
ウィンター博士のおすすめは、トレーニングの記録に加えて睡眠の記録をつけること。トレーニング時間、就寝時刻、睡眠の質の感じ方、目覚めたときにすっきりしているかどうか、一日のエネルギーレベルがどうだったか、さまざまな変化を記録していく。運動した日は特に重要だ。 パターンを把握すると、自分に必要な睡眠時間がわかって習慣化できるようになる。
「睡眠と運動とリカバリーのつながりを意識すること。それだけで、健康的な習慣を身につけられるようになりますよ」
文:エリザベス・ミラード