トレイルを走る
Coaching
オフロードに足を伸ばせば、ランニングの魅力を再発見できる。プロのトレイルランナーによるアドバイスで、悪路も軽やかに駆け抜けよう。
季節が移り変わり、ランニングのモチベーションが低迷することもある。何か変化が欲しいと感じているランナーは、今こそトレイルランに繰り出す好機かもしれない。
「ランニングがマンネリ化したり、やる気がなくなったりすることもあります。そんなときには、トレイルランがおすすめ。気持ちをリセットし、物理的に新しいことを試すチャンスになります」と語るのは、Nike Run Clubコーチのジェシカ・ウッズ。ブルックリン・トラッククラブのウルトラチームとトレイルチームのコーチを兼任するプロフェッショナルだ。
まずは街中との環境の違いに注目してみよう。「信号で止まったり、排気ガスを吸い込んだり、クラクションを鳴らされたり。トレイルでは、そんなことが一切ありません」と言うのは、オレゴン州ベンドを拠点とするトレイルランニングコーチのサリー・マクレイ。Nikeトレイルのエリートウルトラマラソンランナーとしても活躍するトレイルの達人だ。「木立を抜け、土を踏みしめて、花々に囲まれながら走る。新鮮な空気を吸い込み、風の音を聞く。これがストレス解消につながって、元気を取り戻せます」とマクレイは語る。ここには個人の体験を越えた真実もある。学会誌「PNAS」の研究によると、緑に囲まれながら走れば、都市空間で走ったときより心の幸福感が高まる。視界が開けた静寂な空間で、非日常の解放感を味わえるからだろう。
路上ランとの違いは、風景だけではない。「トレイルの特徴は、1キロごとに変化すること。1キロが急な上り坂でも、次の1キロは平地で悠々と走れたりします」とウッズは語る。変化に富んだ地形を走ると、新鮮な気持ちになる。次に何が待ち受けているか分からないからこそ、筋肉と心が独特なアプローチで連動するのだ。そして緩やかな登りがトレイルランに含まれていたら、なおさら幸運なことだと喜ぼう。2019年の『Journal of Physical Education and Sport』誌に発表された研究によると、険しいルートを走り切ることで体力や持久力が鍛えられる。さらに回復力も高まって、毎日の課題に立ち向かう意欲も増すという。
「ランニングがマンネリ化したり、やる気がなくなったりすることもあります。そんなときには、トレイルランがおすすめ。気持ちをリセットし、物理的に新しいことを試すチャンスになります」
ジェシカ・ウッズ
(Nike Run Clubコーチ、ウルトラランナー)
道や景色に心を奪われるメリットは他にもある。「気が付いたら、10キロも走っていた、なんていうこともよくありますよ」とウッズは請け合う。
さっそく試してみたくなったら、初めてのトレイルに出かけよう。必要な準備は以下の通りだ。
1. 場所を探す。
住んでいるのが都市でも湿地でも、ルートは簡単に探せるはずだ。トレイルアプリで検索したり、ランニングショップで質問したり、近隣のトレイルレースに足を伸ばしてもいい。ただしトレイルを選んでも、出かける前にルートのことをもう少し調べてみよう。
特にビギナーは、トレイルの情報をじっくりと検証すべきだとマクレイは言う。スタート地点の標高(調査によれば、610メートル以上で持久力に影響が出る)と累積標高(マクレイによると、一般的に1.6キロあたり30メートルの標高差なら初級者向け、30-90メートルは中級者向け、それ以上が上級者向け)を確認しよう。地形の種類(砂利道よりも固い土が初級者向けで、上級者向けの悪路は地図に印がある)も重要だ。現在のトレイルの状態、最近の天候、立ち入り禁止の場所なども確認しておく。このような情報は、自治体のウェブサイトなどで公開されている。
2. ペースは忘れる。
道路を1キロあたり5分で走れても、残念ながらそのスピードはトレイルで発揮できない。トレイルランニングは、まったく別のスポーツとして捉えよう。地面の状態にもよるが、トレイルは舗装面の1.5倍もの時間を要することもあるとウッズは言う。「同じトレイルでも、日によって大きく異なることがあります。ぬかるんだ道では、土が乾いた晴天日の2倍ほどかかるかもしれません」。だからキロ数やペースに注目するのではなく、基づいてトレイルは時間を基準にすること(60分走るなど)をウッズは勧めている。
3. 上り坂はゆっくり。
急な坂を上る時は、身体への負荷を感じ取ろう。これは自覚的運動強度(RPE)と呼ばれるもので、一般的に1-10(10が非常にハード)の10段階で表す。ハードな地形で燃え尽きないよう、上り坂でも平地と同じRPEを保つのが目標だ。その結果、ほぼ歩いているような状態になってもかまわないとウッズは説明する。「急な上り坂では、1キロに12分かかるかもしれません。でもそれは、下り坂を1キロ5分で走るのと同じ労力なのです。ロードからトレイルに移るランナーが犯す最大の間違いは、全行程を走らなければならないと思い込むこと。でも実は、みんな途中で歩くこともあるんですよ」
4. フォームは柔軟に。
道路でのランにおける理想は、肘をまっすぐ後方に振ってスピードと効率を上げること。しかしこの原則も、トレイルには当てはまらない。「下り坂や難度の高い地形を走る際に、よく腕をバタバタと動かしているのを見かけます。あれはバランスを取るためにそうしているのです」とウッズは言う。スピードを落とて歩く代わりに、コーナーを曲がるときに腕を横に伸ばしたり、自信があれば岩から岩にジャンプしてもよい。「バランスを取ったり、支えにしたりするため、木や岩につかまってもいいのです」とウッズは付け加える。
大切なのは、臨機応変に歩幅を変えること。急な下り坂や石が多い道では、歩幅を小さくする。急いで走ると、大腿四頭筋の損傷や足首のねんざに繋がるからだ。「軽い足取りで走りましょう。トレイルや石の多い道は、ダンスしているようなイメージです」とウッズは言う。足を引きずりだしたら、それは疲労の兆候かもしれない。疲れを感じたらスピードを落とし、リセットしてからまた走り出そう。
5. 周囲に注意を払う。
特に走り始めは、足元を見て走りたくなるかもしれない。しかしマクレイは、2-3メートル先に視点を置いて、トレイルの左右を確認しながら走るのがベストだという。「こうすると、先にあるものを脳が事前に認識できるので、すぐに反応できます」とマクレイ。また音楽を聞いているとトレイルの細かな状態に気付きにくくなるため、イヤフォンの装着はおすすめできない。気持ちのいい景色だけでなく、自然は天然のサウンドトラックにもなる。
6. トレイルに合わせて体を準備。
険しい坂や障害物(倒木など)の多い道を克服するには、計画的な筋力トレーニングも必要だ。「トレイルでは、道路に比べ、バランスを取ったり、横方法に移動したり、片足を使って移動することが多くなります。だから片側ずつ鍛えるユニ・ラテラルエクササイズが重要なのです」とウッズは言う。通常の筋力トレーニングに、ラテラルランジ、カーツィースクワット、シングルレッグトウタッチを追加するのがおすすめだ。裸足になって、芝生や人工芝の上で実践すればなおよい。脚や足首の小さな筋肉を鍛えることで体の安定性が高まり、スニーカーを履いたときも転びにくくなるという。
トレイルでトレーニングを重ねるほど、上記のエクササイズや大半のフィットネスアクティビティが容易になるのも嬉しい。曲がりくねったハードなトレイルを振り返り、「あのトレイルを克服したんだ」と言える爽快感は何物にも代えがたい。