リカバリーの効果を最大限に
Coaching
適切なリカバリーを実践して、ここぞという時にエネルギーやモチベーションを発揮しよう。自己記録更新も期待できる。
マラソン世界記録保持者、エリウド・キプチョゲが26.2マイルのレースでキープするペース(1マイル4分34秒)のすごさは誰もが認めるところだろう。もしこれまで考えたこともなかったなら、ほんのしばらくの間でいい、それがどんな驚異的なペースか想像してみてほしい。しかし、あまり知られていないことだが、実はもっと重要なデータがある。キプチョゲのリカバリーランのペースは1マイル約9分、つまりレースペースのほぼ2倍の時間をかけているのだ。
ここで自分のリカバリースタイルについて少し考えてみよう。たいてい次の2つのグループのどちらかに当てはまるのではないだろうか。1つは決して手を抜かないタイプ。自分のことをよくわかっており、負荷を下げるとパフォーマンスの向上が遅れると考える。もう1つは、軽いワークアウトといえばソファで時間をかけて心地よく手足を伸ばすことだと考えるリラックスタイプ。しかし2つのタイプの中間として、キプチョゲのケースのように、アクティブリカバリーという選択もある。
「初心者でも上級アスリートでも、週に1日か2日、適切なリカバリー日を設け、その日の負荷は最大負荷の50-60%にとどめるべきです」と指摘するのは、スー・ファルソン(スポーツ理学療法の臨床専門家)。彼女はNikeパフォーマンスカウンシルのメンバーとしてリカバリーを専門に研究している(負荷の測定方法について研究を進めており、近日発表される予定)。ファルソンはこのリカバリーセッションを「再生の日」と呼ぶ。リカバリーが生み出すパフォーマンスの効果によって、体は確かにより速く、より強く再生されるというわけだ。
真のリカバリーが大切な理由
定期的に意識して負荷を落とす努力をしない限り、ジムや屋外でどれだけハードなワークアウトをしても、その効果はあまり望めない。「軽めのゆっくりしたワークアウトによって有酸素性能力が育ち、心血管系をトップギアで働かせるための基礎ができます」とファルソンは説明する。ローギアでのゆっくりした運動をうまく実践できなければ、全力を出し切れなかったり、力をうまく発揮できなかったりするという。
ハードなトレーニングから速やかに回復するには、負荷の異なるワークアウトを組み合わせて行う必要がある。そう指摘するのは、ロマ・ミューセン博士。ブリュッセル自由大学の人間生理学部長として、運動生理学、トレーニング、スポーツ理学療法を専門に研究している。もし常にハードなワークアウトかそれに近いワークアウトばかり行っていると、修復や再生をする機会がなくなってしまうとのこと。軽めのセッションは体が再生するチャンス。筋肉内のミトコンドリアと毛細血管が増えて、基礎的な持久力を育てながら運動に適した体を作ることができるのだ(一方、何もしないでソファに座っているだけではこの効果は得られず、思うように動けなくなるだけ)。浄化作用を促すゆっくりしたワークアウトは、高負荷トレーニングを負担に感じる心を休ませる効果もあるとミューセン博士は補足する。
「初心者でも上級アスリートでも、週に1日か2日、適切なリカバリー日を設け、その日の負荷は最大負荷の50-60%にとどめるべきです」
スー・ファルソン
Nikeパフォーマンスカウンシルメンバー
負荷を下げるべき日に、少しでも高い負荷をかけ続けたらどうなるだろうか。ファルソンによれば、故障のサインが現れ始めるという。考えられる症状は、けが、体重増加(原因はおそらくホルモン変化)、免疫系の弱体化、睡眠時間の減少や睡眠の質の低下、好きなスポーツやアクティビティに対する興味の減退など。要するに、「運動しすぎて疲れ切ってしまうのです」と彼女は言う。
次に紹介するヒントを参考にして、適切な運動量で効果的にリカバリーしよう。
01. 1週間のトレーニング計画を練る。
全力を出す日と負荷を下げる日のスケジュールをあらかじめ決めておけば、計画的に軽いワークアウトを実行できるだけなく、その効果も実感できるとファルソンは言う。「火曜日はスピードトレーニングを全力でがんばって、水曜日はリカバリーランにあてる。そうすれば木曜日の筋トレではもっとパワーが出せるはず」というように、自分の1週間をとらえられるようになるという。さらに、動機付けにもなって一石二鳥だ。
ファルソンおすすめ、誰にでも役立つスケジュールを以下にご紹介。
· 月曜日:ハードなワークアウト
· 火曜日:この日もハードなワークアウト
· 水曜日:再生の日*
· 木曜日:ほどほどのワークアウトで調整
· 金曜日:1週間で最後のハードなワークアウト
· 土曜日:再生の日*
· 日曜日:友だちや家族と一緒に(互いに安全な距離を保って)散歩やサイクリングなどで楽しく体を動かす。「この日はとにかくアクティブに、やることすべてに健康的なライフスタイルを取り入れましょう」とファルソン。また次の月曜日を迎える前のいいリセットになる。
*ハードなワークアウトによる痛みがある場合、再生の日に、痛みの原因になったワークアウトを軽めにアレンジして行うとリカバリーが促進される。『PLOS One』に発表された研究では、この軽めの運動により、使った筋肉の疲れが軽減するという結果が出ている。他の筋肉を鍛えるワークアウトをしたり、ワークアウトを完全に休むときよりもリカバリーが速まるという。
02. 自分の状態を把握して調整する。
再生の日は負荷を軽くして、筋肉の修復やエネルギーの回復を促す必要があるが、適度な負荷は保つこと。チェックするための簡単な方法として、心拍計(たいていのスマートウォッチに搭載されている)で「とても軽いゾーン」または「軽いゾーン」、つまり最大心拍数の通常50-60%を維持してみよう。デバイスは使わないという場合は、ソファで横になっている状態を1、疲れて床に倒れ込む状態を10として、負荷を10段階で考える。楽な状態の4か5の強度を保てばよいとファルソンは説明する。
ワークアウトの間は必要に応じて負荷を調整しよう。「最初の10-15分で、体にとって何が必要なのかがわかります」とミューセン博士。体が発する合図に意識して、不快感や痛み、息の苦しさを感じたら、強度を1段階落とそう。また、「今日のワークアウトは最悪」などと心の中でつぶやき続けるような精神面の危険信号にも気を配ることが大切だ。逆に、物足りないと感じる場合は、もう少し強度を上げる必要があるだろう。
03. 雰囲気を変える。
負荷の軽い運動をうまく実践することは、リカバリーを促す気分を生み出すことでもある。成果を上げるべく全力を尽くす日とは心構えも違ってくる、とファルソンは言う。リカバリーの雰囲気作りに役立つのはプレイリスト。「音楽はスローダウンするのにぴったり。1分間の拍数が100拍の曲などがおすすめです。聴いている音楽のペースに体が合わせようとしますからね」
身に付ける服にも気をつけてみよう。服装によって、気分や行動を決める信号が脳に送られることを示す調査結果が出ている。(たとえば、『Social Psychological and Personality Science』に発表された一連の5つの研究では、フォーマルな服装をすると、人は堂々として積極的に自分の意見を主張できる気持ちになることがわかった。)スローダウンするよう脳に伝えるには、レース用のタンクトップを着心地のいいTシャツに、高負荷トレーニングクラス用のシューズを楽なスタイルのシューズに替えてみるのがいいだろう。ランをしないときは、いっそのこと裸足になると、バランス感覚や空間認識力に集中できるとファルソンは言う。
最後に、再生の日には落ち着いた環境を選ぶことをミューセン博士はすすめている。つい先日最高スピードで駆け抜けたトラックよりも、静かで景色の美しいトレイルの方が、ゆったりしたペースのランにはるかにのぞみやすい。
負荷を軽くする日をきちんと優先できるようになれば、年をとっても健康を保つことができ、この先何十年もトレーニングを続けられるとファルソンは言う。Nikeはこの意見に全面的に賛成だ。
文:マリッサ・スティーブンソン
イラスト:ゾアナ・ヘレラ