高くジャンプし、速く走り、パフォーマンスを上げるには
Coaching
筋肉まわりの組織を鍛えて身体の力を最大限に引き出す方法を科学者が解説。
カンガルーは垂直に1.8メートルジャンプし、1回のジャンプで7.6メートルも先に進む。ふくろはぎの筋肉がかなり発達しているのだろうと思いがちだが、長くて細い脚しか持っていない。まるで一流の長距離ランナーのようだ(まるで、キプチョゲのようだ)
その理由は、カンガルーのパワーは筋肉だけではなく、全身を覆う結合組織である筋膜に蓄えられた運動エネルギー(物体の運動に伴うエネルギー、ボール投げ、パワーリフティング、ボックスジャンプに使う種類のエネルギー)からも生み出されるからだ。研究によると、カンガルーの筋膜と同様、人間の筋膜も運動エネルギーを蓄えることができるからだ。実は、人間の筋膜には体内にある他のどの組織よりも大量の運動エネルギーを蓄える能力があるので、筋膜を力強く健康に保てば、もっと高くジャンプし、速く走り、パフォーマンスを上げることができる。
「運動エネルギーを生むのは筋肉です」と、ドイツのウルム大学で筋膜研究プロジェクトのディレクターを務めるロバート・シュレイプ博士は言う。「しかしそのエネルギーを筋肉を取り囲む組織内に一時的に蓄えると、その組織は筋肉組織自身よりももっと高速にエネルギーを解放することができます。実際、筋膜はコンマ1秒でエネルギーを返し、驚くべきジャンプ力や加速力を生み出します」
本質的には、身体を動かすのに必要なパワーを生み出すのは筋肉だが、そこからエネルギーを失わずにパワーを増幅するのが筋膜の役割だ。
「筋膜はコンマ1秒でエネルギーを返し、驚くべきジャンプ力や加速力を生み出します」
ロバート・シュレイプ博士、ドイツのウルム大学筋膜研究プロジェクトディレクター
「筋膜は、食品用ラップのロールが動きながらつながっているものだと考えてください。それが各部位で仕切られて分割されており、身体の動きを担っています。また、筋肉、神経、血管、内臓などバラバラだった組織をひとまとまりにします」と、オークランド大学ウィリアムボーモント医学校で解剖学の教授を務めるレベッカ・プラット博士は言う。筋膜には、腱や関節嚢、靱帯、筋肉内結合組織など、いくつかの種類があるとシュレイプ博士は言う。
腱にはクリンプと呼ばれる波状構造がある、とシュレイプ博士は説明する「クリンプが多い腱はエネルギーの貯蔵能力が高いです」ランニングを例に考えてみよう。脚が着地するとアキレス腱に負荷がかかり、その中のクリンプが一時的に伸びて運動エネルギーを蓄える。脚が地面を蹴る時、腱がクリンプの中に縮んでいき、その反動が前進する力になる。腱のエネルギー貯蔵能力が高いほど、バネの力が大きくなる。
「動物を使って通常のランニングエクササイズを3か月行うと、腱のクリンプの肥大が確認されました」とシュレイプ博士は言う。このことから、同じ方法で筋肉のサイズを大きくするトレーニングを一定期間やれば、腱の中のクリンプ量を増やし、身体の動きに力を与える筋膜の能力が高められるはずだ。
ランニング以外にも筋膜の運動エネルギー貯蔵能力を鍛える方法がある。「プライオメトリックス(ジャンプエクササイズ)は、筋肉の収縮は押さえつつエネルギーの貯蔵効率を高めるトレーニングになります」とシュレイプ博士は言う。ジャンプや片足跳びをすると、筋膜は急激に伸び縮みしてクリンプが発達する、という訳だ。研究によると、3か月間通常のプライオメトリックストレーニングを行うと(エキスパートは最大48時間おきに行うのを推奨している)、筋膜のバネ力とクリンプ量の向上が見られたことがわかった。1週間に数回、10秒間のポゴジャンプを2、3セットやるだけでも効果がある。
クリンプを向上し、筋膜の健康を保つ方法をあと3つ紹介しよう。
- ストレッチ
筋膜連鎖は、全身に行き渡っている結合組織の連なりを指す。シュレイプ博士の研究では、この連鎖をなるべく長く伸ばすようなポーズが筋膜の弾力を高めるのに有効だ。立った姿勢で両腕を頭の上に挙げて脇を曲げる動作や、ロングランジの状態で胴体をねじる動作、あるいは肩から脚までストレッチできる動作ならどれも効果がある。 - 水分補給
筋膜はタンパク質と糖分でできており、それがスポンジのように水を閉じ込めている。筋膜から水分が失われると、その動きも鈍くなる、とプラット博士は言う。そのまま水分の低下と動きの鈍化が進行すると、その構成要素が硬く密になり、その下にある筋肉の動きを制限してしまう。「筋膜が筋肉に調和していなければ、どれだけの動きと力を発揮できるでしょう?」とプラット博士は問う。「筋肉と慢性的に硬くなった筋膜の戦いでは、筋膜が必ず勝つのです」特にワークアウトの後はしっかり水分補給すると、筋膜の水分不足によるパフォーマンス低下を避けることができる。 - ロールアウト
フォームローリングにもコラーゲンが密になっている部位、すなわち筋膜内の繊維に水分を送って筋膜を緩める効果がある、とプラット博士は言う。身体をローラーに乗せて体重を使って圧力をかけると、筋膜内の動きが悪い構成要素を緩ませて水で送り出すことができる。身体のさまざまな部位にそれぞれ90-120秒フォームローリングを行うと、筋肉の凝りをほぐし、可動域を広げることができることが、複数の研究のレビューから明らかになっている。これをやっておくと、負荷の高いワークアウトを行った後に筋膜が収縮せずに通常の状態に戻りやすくなる。
ただし、その部分のみに集中すれば良いわけではない。「腸脛靭帯(ヒップから脚の外側に沿って膝につながっている長い組織)の痛みを緩和したいときは、四頭筋と膝腱、腸脛靭帯をロールする必要があります」と、プラット博士は言う。筋膜が硬くなると、動きが鈍くなり、痛みも発生することがある。とは言っても、痛む場所が問題のある場所とは限らない。筋膜はすべてつながっているので、全身を総合的に見た上でフォームローリングを行うべきだと彼女は忠告する。