若々しい身体を保つには
Coaching
プロアスリートたちが、勝利の秘訣として挙げる敏捷性。誤解されがちな能力だが、全人類が健やかな生活を送る鍵もここにある。
- 敏捷性とスピードは違う。敏捷性とは、よりスムーズな動きと鋭い反応を意味する。
- 機敏に動ければ、フィットネスの向上やスポーツの上達を妨げる最大の要因、怪我を防ぐことができる。
- 敏捷性のトレーニングを行う前に、専門家が考案した、安定性を評価する簡単なテストを行ってみよう。
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休み時間に楽しんだ、こおり鬼や椅子取りゲームなどの遊びを覚えているだろうか。当時は意識していなかっただろうが、あれは敏捷性を高めるトレーニングなのだ。こうしたゲームには、アスリートがバスケットボールコートでパッシングレーンに入ったり、テニスの試合で高速のサーブを返したり、進路からそれたボールをゴールネットに蹴り込んだりするのと同じスキルが必要になる。
大人になってからでも、心身両面の反応スキルは高められる。敏捷性を強化するトレーニングに励めば、アスリートならコートの中で、アスリートでなければ日常生活でその強みを発揮できるのだ。そう語るのは、グレッグ・グロシツキ博士(ジョージア・サザン大学運動生理学研究所長)。さらに、スポーツやフィットネスで最大の障害となる怪我を避けることができるようになり、進歩が中断されることがない。
そもそも「敏捷性」とは?
少々堅苦しい説明になるかもしれない。グロシツキ博士いわく、2006年に学術誌『Journal of Sports Sciences(スポーツ科学ジャーナル)』で発表された研究によると、敏捷性は「速度または方向を変えながら刺激に反応する素早い全身運動」と定義されている。またブライアン・ヌニェス(Nikeトレーナー)は、次のように説明している。「敏捷性とは動作のスタートとストップ、体勢の一時停止、素早いポジション変更の能力です」
グロシツキ博士によると、中でも素早くポジション変換できる能力が重要だという。なぜなら、これは敏捷性が環境を読み解き、それに対して反応できる能力を意味するためだ。例えば、ワークアウト仲間が2mほど離れた場所から投げたメディシンボールをキャッチしたり、ランニングルートに突然突っ込んできた自転車を素早くよけたり、氷の上で滑った時にすぐに姿勢を立て直したりすることをいう。
スピードと敏捷性とは、基本的に「足が速いこと」だと思っている人は多い。確かにスピードは敏捷性の一部だが、同じものを指しているわけではない。「テニス選手の場合、ボールに追いつこうと加速する際にスピードが役立ちます。一方の敏捷性は、コートで姿勢を立て直し、次のボレーに備える力なのです」とグロシツキ博士は説明する。スピードとは最高速度(つまり一定区間における移動の速さ)のこと。そこには、多くのスポーツや生活の中で一歩先んじるために役立つ、多方向の動きとリアルタイムの意思決定プロセスが含まれていない。この動きとプロセスへの対応スキルこそが「敏捷性」なのだ。
敏捷性が重要な理由
フィールドでもコートでも、敏捷性は大きな影響を与える。準備している動作の遂行や、相手への反応などに違いが現れるのだ。高くジャンプしてヘディングシュートをしようと思ったら、ボールが体にぶつかって倒れてしまった。そんな怪我と健康を隔てるほど大きな違いにもなり得るのだとグロシツキ博士は語る。「サッカーの前十字靭帯損傷は、突然の減速や方向転換で起こります。この怪我は、敏捷性に関連したトレーニングで減らすことができるのです」
敏捷性を強化すると、スポーツやエクササイズをしていない時でも怪我のリスクを減らせるとグロシツキ博士は語る。「筋力、体力、安定性など、敏捷性に重要な身体的要因は、日常生活におけるアクティビティのパフォーマンスを高める効果があります」。洗濯物の取り込み、車の乗降、悪路の散歩などでも、空間認識と身体の制御が必要になる。それを支えているのが敏捷性というわけだ。
それだけではない。このスキルは脳の働きにも関係している。「敏捷性を保つには、精神的にも鋭敏さが必要です。多方向に動くトレーニングでは、ただ機械的に体を動かすことができません。常に自分の動きを意識する必要があり、これがトレーニング中に身体意識を高め、怪我のリスクも減らしてくれるのです」とヌニェスは説明する。基本的に、精神的にも肉体的にもより活発になるので、フィットネス目標を達成するのにも役立つ。
敏捷性を強化するためには
繰り返し障害物コースを走っても、多方向へのスピードと反応時間が向上するわけではないとヌニェスは言う。まずは、以下のドリルで進歩に拍車をかけてみよう。毎日実践しても、ウォームアップの一環で取り組んでもいい。
- 減速からスタート。
敏捷性を高めるトレーニングの基本は、適切に衝撃を吸収し、体を安定させる方法を知ること。「加速ができるようになるためには、ブレーキをかけるトレーニングが必要です」とヌニェス。簡単なテストを行って、適切な土台ができているか確認してみよう。短時間のウォームアップの後、脚を腰幅に開いて立ち、素早くスクワットの姿勢になって、しゃがんだ状態をキープする。体はグラグラしているだろうか、それとも安定しているだろうか。「体がしっかり安定している場合は、ダイナミックな運動中でも姿勢がコントロールできていることを意味します。でも、ぐらついてしまう場合は、スクワットがスクワットジャンプになるなど運動の強度が増すと、怪我につながりかねません。動きを止めた時に、体がダイナミックな負荷に対処できる力を持っていないのです」ヌニェスは語る。
テストで体がグラついてしまった人は、敏捷性を高めるワークアウトの前に、安定性の強化に集中してみよう。ヌニェスのおすすめは、立った姿勢から素早く片脚立ちになって3~5秒間バランスを取る動きを、左右の脚を替えて何度か繰り返すこと。この動きでもバランスを取るのが難しいという人は、週に2~3回ほど、ワークアウトに片脚を使ったエクササイズを取り入れてみよう。 - 方向を変える。
安定性が身に付いたら、次は敏捷性を強化していこう。だが、「物事は直線的に起こるものではありません」とヌニェスが語るように、1つの方向だけに体を動かすのでは不十分だ。トレーニングをする時は、矢状面(前後)、横断面(左から右または右から左への回転)、正面(左右交互または側面)の3つの運動面に働きかける必要がある。
「アジリティラダーを用意したり、チョークやテープでラダーを作ったりすれば、3つの運動面を鍛える動きが網羅できます」とヌニェスは言う。ラダーでは前進運動、クロスオーバー、サイドシャッフルの動きまで取り組める。空間認識力を高めるため、ラダーの内側や端の外側など、毎回決まった位置を狙って動こう。自信がついてくると、あらゆる方向にスピードアップできるようになる。そして最終的には、転んだり、体勢が大きく崩れたりするリスクが減っていくのだ。ラダーを使ったエクササイズの方法がわからない場合は、インターネットで検索してみよう。信頼できる認定トレーナーの解説だけを参照すること。 - 反射神経を鍛える。
ほとんど転ばずに360度の動きができるようになったら、敏捷性トレーニングも最終段階。反射神経のレベルアップへと進もう。テニスボールやメディシンボールを壁に向かって投げてキャッチするドリルや、風船が床につかないように動くだけでも、物体の予測不可能な動きに反応してダイナミックに体を動かせるようになるとヌニェスは語る。「スクワット、ツイスト、サイドシャッフルとすべての運動面を使い、加速、減速、必要に応じた停止が求められるため、体のコントロール能力を最大限まで高めることができます」。このトレーニングを続ければ、全速力で動くパターンに確信が持てるようになってくるという。
少し難易度を上げたい場合は、毎回違う場所に向かってボールを投げたり、風船を叩いたりするのがヌニェスのおすすめ。次に移動すべき場所を把握していなくても、体を動かせるようトレーニングを積めば、それだけ反射神経が鋭くなっていくのだという。
敏捷性を強化するワークアウトの素晴らしい点は、子どもの頃にやったゲームとよく似ていること。休み時間もトレーニングも、本質的には同じようなものかもしれない。
文:アシュリー・マテオ
イラスト:ライアン・ジョンソン