ランナーに必要な水分量
Coaching
予想よりもはるかに多くて驚くはず
水分は生命の必需品だが、特にランナーは十分な量を摂取していないことが多い。水分補給を突き詰めると、シンプルに「のどが渇いたら飲む」で良さそうなものだ。しかしパフォーマンスを追求する場合は、さまざまな考察も必要になる。ここでは専門家の意見を参照しながら、適量の水を飲むことがベストなランニングに欠かせない理由を理解しよう。さらには長距離を走破するための水分摂取術も解説する。
水分が体から失われる仕組み
まずは生物学的な話を少しだけ。ランニング中は、発汗と呼吸によって水分が失われる。割合としては、発汗で失われる水分量の方が圧倒的に多い。「筋肉を動かすことで生まれる副産物といえば熱。生成される熱が多いほど、体温が上昇して汗の量が多くなります」と説明するのは、管理栄養士のモニーク・ライアン氏。25年以上の経験を持つスポーツ栄養士で、持久力が必要なプロのアスリートやチームをサポートする専門家だ。
「その汗が、体温を調整する最大の手段になっています」とライアン氏は説明する。つまり気化熱によって肌を冷却するのだ。だから少し不快でも、汗は完全に拭き取らないほうがいい。この体温調整プロセスを持続するためには、体内に十分な水分を蓄えておくか、新たな水分を補給する必要がある。「発汗で失われた水分を補わないと、さらに体温が上昇して、運動が苦しく感じられます」とライアン氏は注意する。
「発汗で失われた水分を補わないと、さらに体温が上昇して、運動が苦しく感じられます」
モニーク・ライアン氏
(管理栄養士、スポーツ栄養士)
メカニズムを理解するため、専門的な観点からライアン氏に説明してもらおう。「発汗すると、筋肉の血液量が通常より減少します。血液の大部分が運動中の筋肉から肌に移り、発汗プロセスを補助するからです。そしてこの血流が少なくなると、筋肉は長時間ハードに運動できなくなるのです」。さらに残った血液を搬送するため、心臓の負荷も増大する。心臓血管系に負担がかかると、普段は楽々走れるはずの8キロ走でさえ苦行となるわけだ。
さらに事態を悪化させるのが天候だ。気温と湿度が上昇すると、発汗によってさらに水分が失われる。気温が上昇すると、体温が高くなり、体の冷却がさらに必要になる。そして湿度が上昇すると、それほど高いとは言えない40%でも、肌からの蒸発率は低下する。冷却プロセスが低下し、当然ながら発汗量が増える。そう説明するのは、クロストレーニングや怪我防止を専門とするイアン・クレイン氏(オハイオ大学運動生理学教授)だ。
最悪のランニングコンディションを防ぐ簡単な解決策は、常に水分補給を心がけること。そう語るのは、ブライアン・サンピエール氏(Precision Nutrition栄養学ディレクター)だ。
脱水症状の兆候に気付く
おもしろいことに、水分を適切に補給できているときは、水分補給のことを忘れてしまうほどランニングが快調だ。だが脱水時には真逆の状態になる。集中力が低下し、焦点が合わなくなり、心拍数が通常より速くなる。普段よりもランニング自体がきつく感じられるかもしれないとライアン氏は説明する。
水分を補給せずに長時間走り続けると、症状はさらに悪化する。呼吸に困難を感じる頃には、心拍数は驚くほど速くなっている。さらに目まいや疲労を感じたり、意識が混濁することもある。これは熱中症の兆候であり、脳、心臓、内臓器官にダメージを及ぼして後遺症にもつながりかねない緊急事態だ。もちろん確実に対処し、全力で熱中症を回避しなければならない。
脱水症状がランニングに及ぼす影響
ランニング中やレース中に感じる渇きは、単なる不快感だと思う人がいるかもしれない。だがランニング中の動きや気分に与える影響は、計り知れないほど大きなものになる。
研究によると、体重の2%以上の水分を失うと脱水症状に陥り、持久力が低下する。そんなにたくさんの水分を失うのは稀だと思うかもしれないが、体重60kgの2%はわずか1.2kg。暑い日やハードなランニングで、これくらいの水分はいとも簡単に失われる。また脱水症状に陥ると、運動の強度が重く感じられるようになるという研究もある。これはごく一般的な症状であり、ランナーの70%は脱水症状が原因と思われる走力の大幅な低下を経験している。これは学術誌『Journal of Athletic Training(アスレチックトレーニングジャーナル)』で発表された調査によるデータだ。
体内の水分量が変化すると、体内のナトリウム、カリウム、カルシウム、塩化物、マグネシウムといった電解質や、必須ミネラルのレベルも低下する。「これらの電解質は、筋肉を正常に機能させるために不可欠です」とライアン氏は語る。電解質は、栄養分を細胞に運び、老廃物を細胞から運び出し、心臓を含む神経機能や筋肉機能の調整を支援する。どれもがパフォーマンスに欠かせない機能だ。
理想的な水分摂取量とは?
水分量が少なすぎるとランナーズハイは訪れないし、水分摂取を気にしすぎてストレスになるのもよくない。のどが渇いたときにすぐ水分が摂れれば、少なくとも脱水症状の危機は回避できる。
だが統計データから、ワークアウト時に必要な水分量の目安を知ることはできる。あるレポートに記載された具体的な数字を見てみよう。十分に水分が補給できている女性は、飲み物と食事から1日あたり平均で約2600mlの水分を摂取していた。男性なら平均で約3700mlだ。その約80%は水などの飲み物で、残りの20%は水分を多く含む食物(特に果物と野菜)から来ている。
この数字は、平均的なアメリカ人をベースとしている。だからペースを上げたり距離を伸ばしたりするのが好きなランナーは、大量の汗をかいてもっと多くの水分補給が必要になるだろう。
汗で失った水分の補給について考えてみよう。「1時間以上トレーニングする場合は、ランニング1時間あたり700-950ml程度の水分補給が必要になります」と語るのはライアン・マシエル氏(Precision Nutritionのパフォーマンス栄養補給ヘッドコーチ)だ。この法則に従えば、15-20分ごとに約240mlの水分を補給する計算になる。だが一気に飲むのではなく少しずつ飲むこと。一気に飲むと吐き気を催したり、胃腸をこわすリスクもあるという。
ワークアウト終了後も、必ず水分を補給してほしい。1時間以上のトレーニングの前後に体重を測定すると、摂取すべき水分量を簡単に把握できる。「約500g体重が減った場合は、約470mlの水を補う必要があります」とアドバイスするマシエル氏。それ以上減った場合は、ランニング後の数時間にわたって飲む量を増やすこと。
一般的には、尿の色を見れば水分補給の状態が簡単に分かる。「色が濃ければ、飲む量を増やす。薄い黄色や透明の場合は、十分に水分が補給されている状態です」
水の携帯に関するヒント
ワークアウト中の水分補給で、公共の水飲み場だけに頼るのは難しい。ルートによっては不可能な場合もある。かといって、ずっと水筒を持って走るのも煩わしい。汗をかきやすい暑い日のランならなおさらだ。そこで良い解決策をいくつか挙げてみよう。まずは手に持つタイプのボトルポーチ。ベルトで腰に巻くボトルポーチ。胸にボトルを収納できるベスト。ストロー付きのパックを背負うスタイルもある。都市部なら、ルートのどこかで友人に水を持ってきてもらうのも一案だろう。
自分のフォームを時々チェックし、ボトルを持つ手や、ボトル収納ベルトの位置を変えたりしながら、できる限りバランスを取るようにしよう。ベルトに複数のボトルを収納する場合は、1本のボトルを飲み切るのではなく、毎回違うボトルから少しずつ飲むといい。パックを背負う場合は満タンにせず、ワークアウトに必要な水分量だけを入れること。
電解質サプリメントの必要性
マシエル氏いわく、2時間未満のランニングなら水だけで十分だ。それよりも長時間走る場合や、暑くて汗をたくさんかく場合は、失った電解質を途中で補う必要がある。
電解質を摂取する場合、スポーツドリンクを飲む人もいれば、ジェルやキャンディー型のサプリメントを好む人もいる。一概に優劣はつけられないので、さまざまな商品を試して自分に合ったものを見つけてほしい。このようなサプリメントは、たくさん摂ればいいというものでもない。
レース本番の水分補給
トレーニングの成果を発揮するには、適切な水分補給を常に心がけること。数週間後に大会を控えている場合はなおさらだ。「レースの前夜に水をがぶ飲みしても、それまでの水分不足は取り返せません」とマシエル氏は語る。それどころか、コース中のトイレをはしごする恐れもある。脱水気味でトレーニングをしても意味はない。十分な水分を摂取したトレーニングと同等の効果が得られないからだ。
コースで必要な給水量は、レースの距離に左右される。たとえば5-10kmレースのような1時間未満のランニングなら、レース中の水分補給は必要ないだろう。それよりも長い距離になると、長距離走における水分補給のルール(1時間に700-950ml程度が目安)を取り入れるべきだとマシエル氏は言う。
通常はコースの途中に給水所があるので、水分を携帯する必要はない(持ち込みを認めていないレースもある)。水やスポーツドリンクが提供されるはずなので、事前にコースマップを見て確認しよう。給水所の間隔や、その間隔がマイル単位なのかkm単位なのかを把握し(5マイルは5kmよりもかなり長い)、水分補給の計画を立てる。ただしトレーニング中に飲んだことのない(あるいは飲んだけど合わないと感じた)飲料は飲まないこと。
トレーニングラン、毎日のジョギング、大事なレースでも原則は同じ。新しい合言葉は「水分を補給すれば、楽しく走れる」だ。
文:アシュリー・マテオ
絵:ジョアナ・エレーラ