前進するためにメンタルを鍛える
Coaching
追求する目標がどんなものであれ、2人のウルトラマラソンランナー兼コーチの粘り強さを身に付ければ、達成が見えてくる。
150キロ走ることを想像してみよう。一度に150キロだ。フルマラソンを連続で4回走るより少し短く、東京から富士山の麓までより少し長い。1キロ3分-3分半のペースを保つとすると、朝9時にスタートしてノンストップで17時まで走り続けることになる。これを大変なことだと感じるだろうか。
ここでは、そのような長距離のランニングが体にもたらす影響ではなく、メンタル面に要求されることに焦点を当てよう。恐怖に打ち勝つ精神力。タスクに集中するという意志。痛みはやがて消えると認識するための視点。これらは、日常生活で誰もが活用しているパワーだ。しかし、普段50-160キロ、あるいはそれ以上走ることもあるウルトラマラソンランナーには、もっと深い力の源泉があるように思える。彼らはどのように目標に立ち向かっているのだろうか。追求するゴールが何であれ、長距離ランにおいて彼らの粘り強さから学べることは何だろう。Nikeエリートウルトラマラソンランナー兼コーチのサリー・マクレーとデイビッド・レイニーの取り組みを見てみよう。
01. 目的にこだわる。
『Psychology Research and Behavior Management』に発表された最近の研究によると、短い距離を走るランナーは、レースでの勝利といったわかりやすい結果が主な原動力になっているのに対し、ウルトラランナーは自らの心身の持久力を高めることと、同じ目標を追求する仲間との交流に目的を見出している。これはウルトラランニングに求められるライフスタイルに関係するのではないかと研究者は推測している。
レイニーはランニングのすべてが純粋に楽しいから、どこまでも長い距離を走るのだと話す。「走ることが好き。ハードなトレーニングが好き。山にいるのが好き。究極の目標は、自分がやっていることに完全に集中すること。チャーチルが言ったように、『そのままでいるためにその瞬間を支配したい』のです」
一方マクレーが支持するのは、研究で明らかになった仲間からの刺激だ。そして自分が勝ち取った勲章(11個の優勝メダルを含む)にはまったく重きを置かない。「進み続けるための真の原動力は、ウルトラマラソンに出れば世界各地から来る他のランナーと触れ合えること」とマクレーは言う。「自分のスポーツを通じて新しい仲間と出会えることがうれしいし、その過程で彼らを励ます存在になりたいと思っています。それがいつも、どんなメダルよりもいい思い出になっているんです」
ウルトラマラソンを長期にわたる目標と考えてみよう。30日間健康的な食事を取るチャレンジでも、新しい言語の習得でもよい。結果よりも経験そのものにモチベーションを見出したり、似たような道のりを歩む仲間とのつながりが生まれることで、大きな目標を達成しやすくなるかもしれない。
「自分のスポーツを通じて新しい仲間と出会えるのがとてもうれしいし、その過程で彼らを励ます存在になりたいと思っています。それがいつも、どんなメダルよりもいい思い出になっているんです」
サリー・マクレー
Nikeエリートウルトラマラソンランナー兼コーチ
02. 最悪の事態に備える。
「ウルトラマラソンを走り抜くには、今まで経験したことのない挑戦に立ち向かう覚悟が必要」とマクレーは言う。「114キロ地点で嵐に遭遇するとか、また次の山が立ちはだかっているとか、胃の調子が悪くなるというようなことが起こり得ます。だから心の備えが必要なんです」
レース中には避けようのない痛みに遭遇する。それをうまく対処するために、レイニーが行っている精神面の訓練の1つは、頻繁に氷水の風呂に入ること。レイニーはこう説明する。「バスタブいっぱいに氷水を張り、そこに座るだけ。5分経つと、『ここから出ろ。出ないとだめだ』という心の声と闘うことになります。それでも座ったまま氷水に浸かり続けると、大体15分もすれば呼吸が落ち着き、『いや、このままでも大丈夫』という境地に達します」
意思の力を高めるために氷の中に身を沈めろと言っているのではない。「現実的楽観主義」と呼ばれる心理学的テクニックの実践、つまり失敗の可能性があるどんな小さなことにも心構えをし、危機の1つひとつに対して対応策を練ることから始めればよいのだ。そうすれば、最悪の事態に直面しても、そう簡単に挫折することにはならないだろう。
03. 事前にイメージする。
多くのエリートランナーと同じく、マクレーもレイニーもレース前にイメージトレーニングを行う。「私が好きなのはコースの下見」とマクレーは言う。「眠りにつくときにコースのすべてを頭に思い浮かべます。どこに山があり、どこにエイドステーションがあるか。エイドステーションに走り込む自分の姿を思い浮かべ、各エイドで何をするのか具体的にイメージします」
一方レイニーのアプローチは、まさに氷水に浸かって不屈の精神を鍛えるアスリートらしいものだ。レイニーは次のように言う。「ただ問題に立ち向かいます。気分よく走れる部分は練習する必要がないのはわかっているので、とても暑くてのどが渇いていて、胃の調子が最悪で、しかもエイドステーションから8キロ離れた所にいる状態をイメージします」
どちらのイメージトレーニングも目的は同じ。予測できることとできないことの両方に対して心の備えをして、その事態が発生したときに鋭く反応し、集中力を高められるようにすることだ。この対策が有効なのは、英雄が挑戦するようなランだけではない。朝ジョギングをする前日の晩に、ランニングコースにあるすべての曲がり角、肌に感じるそよ風、プレイリストの曲1つひとつをイメージしてみよう。朝になってシューズの紐を結ぶとき、いつもより少し早く、楽しい気持ちで準備ができるかもしれない。
「とにかく忘れてはならないのは、自分が関わっているのはジェットコースターのようなものだということ。『事態は良くなる』、『偶然起きていることだ』と自分に語りかければ、事態が悪い方に転がるように見え始めても、コントロールする力をある程度取り戻すことができます」
デイビッド・レイニー
Nikeエリートウルトラマラソンランナー兼コーチ
04. 自分自身のコーチになる。
「とにかく忘れてはならないのは、自分が関わっているのはジェットコースターのようなものだということ」とレイニーは言う。「『事態は良くなる』、『偶然起きていることだ』と自分に語りかければ、事態が悪い方に転がっているように見え始めても、コントロールする力をある程度取り戻すことができます」レイニーの言う「セルフトーク」とは、何時間も続けて自分の考えと孤独に向き合うとき(まさに、ウルトラマラソン中など)に、不可欠とも言える戦略。つまり、意識的に内面で対話し、最も必要なときに自分自身を励ますのだ。
マクレーもセルフトークを実践している。「自分自身に言い聞かせる最もパワフルな言葉の1つは、『考えないで、ただ前に進め』です」と彼女は言う。「でも、自分自身の考えが最大の敵にもなることも多い。『ああ、これがずっと続くんだ』という考えに捕らわれることもあるでしょう。でもそこを乗り越えればゴールラインにたどり着けます。素晴らしいことをやり遂げようとしているのです」
すべてに共通するのは、どんなにつらい瞬間もいつかは過ぎ去るということ。次のワークアウト、ラン、試合、スケジュールがハードになったときにこのことを落ち着いて思い出そう。レイニーやマクレーが走り始めて12時間目を切り抜ける姿をイメージできれば、きつい1日を切り抜けられるはずだ。