呼吸法を学び、スポーツのパフォーマンスに役立てる
スポーツ&アクティビティ
呼吸をコントロールできるようになれば、競技前の緊張の改善、持久力の向上、プレイ精度のアップといった効果を期待できる。
普段の生活で、呼吸の方法について気にかける人は少ない。 だが呼吸法(調息)を実践すれば、ストレスが軽減できるだけでなく、スポーツ成績の向上も期待できる。
呼吸法とは
呼吸法という言葉は、かなり広義に用いられる。だが一般的には、呼吸のパターンを意識的に変化させるための行動や技法を意味する。
ヨガにおいては、プラーナーヤーマが呼吸法にあたる。 学術誌『Frontiers in Psychiatry(精神医学の最前線)』に発表されたランダム化対照臨床試験(2020年)によると、一連の調気法からなるプラーナーヤーマを実践することで不安が抑制できる。 プラーナーヤーマを1カ月実践すれば、感情や不安感の処理を司る複数の脳領域が連携を変え、被験者の活動に有意な変化を及ぼす。研究者たちは、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いてこのような呼吸法の効果を発見した。
呼吸法は、心と身体を連動させる他の活動でも中心的な役割を果たしている。ピラティスや瞑想もその好例だ。 呼吸法の恩恵にあずかれるのは、ヨガや瞑想の実践者だけではない。 呼吸法はさまざまな競技のアスリートに用いられ、試合の重要な局面で活かされている。
「僕にとっての『呼吸法』は、運動能力や試合のために呼吸を操る能力。つまり『調息』といった方がしっくりきますね」と語るのは、メアリー・フリー・ベッド・スポーツ・リハビリテーション・パフォーマンス・ラボの主任運動生理学士を務めるトッド・バッキンガム博士だ。
呼吸を操る能力は、一部のスポーツで特に重視されるはずだ。それがバッキンガム博士の考えである。 例えば、フリーダイビング(呼吸器具なしの潜水)、水泳、射的競技(アーチェリーやバイアスロン)などは、調息が成績に及ぼす影響も大きい。
その一方で、調息が不得意なアスリートであっても、フリーダイビングほど劇的な影響を受けることは少ない。 それでも、運動中の呼吸法を体得できれば、競技成績に好ましい影響が及ぶかもしれない。
呼吸の仕組み
呼吸をするたび、肺を起点とした複雑なサイクルが始動する。
まずは、肺が酸素を取り込む。 「そこから酸素が血液に溶け込み、心臓に送られ、ポンプのように押し出されて全身を巡ることになります」とバッキンガム博士は言う。 再び血液に溶け込んだ酸素は、筋肉に送られてアデノシン三リン酸(ATP)に変化する。 ATPはあらゆる動作のエネルギー源だ。
酸素の移動と吸収が行われている間、二酸化炭素(無色無臭の気体排出物)は血液で肺に送られ、呼吸によって体外へ排出される。 国立心肺血液研究所によると、このプロセスは「ガス交換」と呼ばれる。生命の維持に欠かせない働きだ。
このプロセスは、運動やスポーツの成績にも非常に重要な役割を果たす。 学術誌『Breathe(呼吸)』の掲載記事(2016年)によれば、運動などで筋肉が活動している間は、身体による酸素の使用量と二酸化炭素の排出量が増加する。
「運動中に求められる換気機能を満たすためには、うまく呼吸することが重要になります。血中に酸素を取り込み、二酸化炭素を取り除く肺中のガス交換プロセスに影響を与えますから」と語るのは、運動時の呼吸制限について研究しているミッチ・ロマックス博士(ポーツマス大学上級講師)だ。
自分の目標やニーズに合わせながら、このガス交換プロセスを最適化するのに呼吸法は役立つだろう。
呼吸法のメリット
1.呼吸法は競技前の焦りを和らげる
練習前や競技前に、不安を覚えるアスリートは珍しくない。 2017年の学術誌『Open Access Journal of Sports Medicine(スポーツ医学オープンアクセスジャーナル)』に掲載された論文によれば、成績への不安感に由来する身体反応(筋肉の緊張、視野の狭窄、注意力の散逸)は、選手が故障する可能性を高めてしまう。
競技前に呼吸法を実践すれば、不安の解消に役立つ。 鼻から息を吸って吐き出せば(鼻呼吸)、心を落ちつかせる効果がある。 ロマックス博士によれば、鼻呼吸は息が長くなりやすく、たっぷりと深く呼吸できるようになるという。 たっぷりと深い呼吸をすれば、身体の基本的な機能を司る副交感神経系が刺激され、リラックス効果も高まると博士は言う。
ヨガ流の深呼吸として知られるボックス呼吸法では、数を数えることに脳を集中させてリラックス効果をさらに高められる。 非営利の学術医療センターであるクリーブランド・クリニックによれば、ボックス呼吸法は4つ数えながらゆっくりと息を吸い、4つ数えながら息を止め、4つ数えながら息を吐き、4つ数えながらまた息を止める。 このサイクルを、3度繰り返してみよう。 静かに4つ数えることには瞑想のはたらきがあり、神経系を落ちつかせて、今という瞬間に意識を集中できるようになる。
2.呼吸で水泳のタイムもアップする
水泳は、呼吸法が成功につながりやすい競技のひとつだ。 「水泳では、歩行中や走行中のように自由な呼吸ができません。息継ぎのタイミングを腕のスクロールと同調させなければならないからです」とロマックス博士は言う。
息継ぎを増やそうと思えば、ストロークに織り込む動作の数も増加する。 このような動作を増やせば、ペースが落ちてしまう可能性もある。だが熟練者には、この法則が当てはまらない場合もある。
「50メートルの短距離泳者が、競技中に1回しか(あるいはまったく)息継ぎをしないのはこのせいです。 10分の1秒未満の差で決着が付くことも多い世界では、ほんの少しでも時間を稼ぐことが重要です」とバッキンガム博士は言う。
3.呼吸で重いウェイトも上がる
バルサルバ法という調息法は、重いウェイトを上げる際に役立つ。
息を止めてから、声門(声帯とそれに挟まれた開口部からなる喉の一部分)を閉じた状態で息を吐くという呼気法だ。 「ふつうに息を吐く場合とよく似ていますが、口から息が漏れることはありません」とバッキンガムは言う。
手順は次のとおりだ。 まず口を閉じたら、鼻をつまんで鼻孔から空気が漏れないようにする。 次に、風船を膨らませる要領で息を押し出す。 2013年に学術誌『Journal of Strength and Conditioning Research(筋力とコンディショニングの研究ジャーナル)』に発表された総説論文によれば、このような調息で腹壁内の圧力が高まり、胴体が硬くなって背骨が安定するという。 この背骨の安定によって、重いウェイトを持ち上げられるようになるとバッキンガム博士は言う。
だが注意も必要だ。「バルサルバ法は劇的に収縮期血圧を高めるため、場合によっては卒倒するおそれもあります」と博士は警告する。 バルサルバ法は、認定パーソナルトレーナーやフィジカルセラピストの指導がある場合にのみ実践しよう。高血圧の人も避けたほうがいいだろう。
4.呼吸法で持久力が向上する
呼吸筋(肺に空気を送り込むために収縮する筋肉)をはたらかせると、体力とスタミナが向上して息切れを抑えられる。 ひいてはこれが、ランニング、水泳、ローイング、サイクリングにおける持久力アップにもつながるだろう。 その際のメカニズムは、心拍数と血中乳酸量(筋肉の疲労の指標)を低下させ、運動と呼吸を楽に感じさせることだとロマックス博士は語る。
2011年の学術誌『Journal of Sport Sciences(スポーツ科学ジャーナル)』で、ロマックス博士と共同研究者は比較対照臨床試験の結果を発表している。呼吸筋のトレーニング(横隔膜と胸郭の筋肉を鍛える運動)を毎日4週間にわたって実践したランナーは、対照群に比べて走行可能距離が長くなった。 呼吸筋のトレーニングに加え、運動前に呼吸筋のウォームアップも組み合わせると、ランナーはさらに優れた結果を残す。
呼吸筋のトレーニングは、市販の手持ち器具を使って実践できる。 呼吸筋を鍛える方法はさまざまだ。トレーニングのアプローチは、使用する器具によっても大きく変化するだろう。 呼吸筋のトレーニングによって、有害な健康上のリスクが生じる可能性はないだろうか。トレーニング開始前に、ぜひ医師の判断を仰いでおこう。
ロマックス博士がよく用いるのは、吸気圧閾値負荷トレーニングという呼吸筋トレーニングだ。 「吸気圧閾値負荷トレーニングでは、小さな手持ち器具につながったマウスピースを使います。急がず、決められた回数だけ呼吸をして、これを1日に1〜2回実践します」と博士は言う。 「器具には開放専用弁が入っていて、充分な力を加えた時だけ呼気が通る仕組みになっています」
呼吸筋トレーニングを毎日実践すれば、呼吸筋は数週間で鍛えられるだろう。ただしロマックス博士によれば、大きな変化が見られるまでには、一般的に4〜6週間ほどの時間がかかる。
トレーニング開始時の筋力によって結果は変化するが、博士が調査したスポーツ選手たちは著しく体力を向上させていた。 選手が呼吸筋トレーニングを定期的に実践したところ、疲弊状態に至る前のランニング速度は16%、水泳速度は2~7%向上した(トレーニング前との比較)。また40kmのサイクリングタイムトライアルでは115秒、5,000mのローイングタイムトライアルでは36秒もタイムが短縮された。
手持ち器具を持っていない人や、または購入手段がない人はどうすればいいのだろうか。 そんな場合には、他のアプローチもある。器具の使用を最小限にとどめたり、あるいはまったく使用せずに呼吸筋を鍛える方法もあるのだ。
「全体的な健康増進効果が望めるのは、ヨガの呼吸法です。 また呼吸筋の衰弱やCOPDなどの肺疾患が見られる場合には、肺のリハビリプログラムの一環として歌を歌うこともあります。 風船を膨らませることも、一種の呼吸筋トレーニングと言えるかもしれません」とロマックス博士は言う。
5.呼吸法で射的競技の精度が向上する
アーチェリーやバイアスロン(クロスカントリースキーとライフル射撃)などの射的競技で、優れた成績を収めたい。そんな人には、調息が何よりも重要だ。 射撃スポーツの支援団体であるUSA Shootingによると、通常の呼吸をすれば腹部、胸部、両肩が動く。 この動きで銃(または弓)が大きくぶれてしまうため、正確に的を撃つのが難しくなる。 「ミリ単位で成否が左右される場合には、ごくわずかなミスが勝敗の分かれ目になります」とバッキンガム博士は言う。
このような競技の選手は、試技時に呼吸を調整する術を学ばなければならない。 「実のところ、選手たちは呼吸で心拍を調整しながら、脈拍の合間に的を撃っているんです」とバッキンガム博士は説明する。
呼吸法を始めるためのヒント
- アプリを使う。 CalmやHeadspaceといったモバイルアプリは、心を落ち着け、今の一瞬に集中し、眠りにつくうえで役立つ呼吸のテクニックを教えてくれる。
- ヨガを実践する。 どんなスタイルのヨガでも、呼吸法は最重要項目のひとつだ。 インストラクターが呼吸の指示を出すたび、できる限り忠実に従ってみよう。ヨガの効果が、呼吸の影響を大きく受けていることを実感できるはずだ。
- ボックス呼吸法に挑戦する。 ボックス呼吸法は、せわしなく働く脳を落ちつかせ、ストレスを軽減する。 まずは朝一番か、仕事を終えて帰宅した後に実践してみよう。 要領がつかめたら、ストレスや重圧を感じるたびに実践できるようになる。 4つ数えながらゆっくり息を吸い、4つ数えながら息を止め、4つ数えながら息を吐き、4つ数えながらまた息を止める。これは非営利の学術医療センター、クリーブランド・クリニックが推奨する手順だ。 このサイクルを3度繰り返そう。
- 呼吸筋を鍛える。 定期的に体力を鍛えている人で、ランニング、サイクリング、ボート競技、水泳の成績を高めたい場合には、呼吸筋のトレーニングを試してみよう。 ロマックス博士によると、ほとんどの呼吸筋トレーニング器には所定の使用手順がある。 博士いわく、トレーニングの開始前には、他の運動プログラムと同じように医療関係者の判断を仰いでほしい。
文:ローレン・ベドスキー