目標に光を当て直す

Coaching

夢を追いながらベストを尽くすには、力を抜いて楽しむ気持ちも大切。世界的サッカー選手のアーダ・ヘーゲルベルグが、その秘訣を伝授する。

最終更新日:2021年5月3日
世界的サッカー選手のアーダ・ヘーゲルベルグが、目標達成に役立つ毎日1時間のトレーニングを伝授

自撮り文化が定着したおかげで「マジックアワー」という言葉が流行りだしている。マジックアワーとは、日の出直後や日の入り直前のこと。この時間帯は、素晴らしい自然光でスナップ写真が撮れるのだ。マジックアワーには、他にもいろんな意味がある。生まれたばかりの赤ちゃんに、母親として初めて肌を触れる瞬間もそのひとつ。世界的サッカー選手のアーダ・ヘーゲルベルグにとっては、リラックスした日常の時間がマジックアワーだ。父親や姉と繰り返してきたサッカーの基礎練習もその一部。ヘディング、ペナルティーキック、逆足のキック精度などを修正する時間でもあるのだ。

アーダ・ヘーゲルベルグは、ノルウェー生まれの25歳。わずか10〜11歳の頃から自宅でやっていた練習をいまでも続けている。所属クラブのリヨンは世界有数の強豪チームで、UEFA女子チャンピオンズリーグでもトップスコアラーの常連。エースストライカーとなった今でも、子供時代からの習慣をやめるつもりはない。

実際に成果を挙げている練習なのだから、やめるべきでもないだろう。今でも効果があるのは、練習の時間が本人にとってマジックアワーだから。身体はもちろん、精神的にも大きな意味を持っているのだ。これを読んでいるあなたも、自分なりのマジックアワーを作り上げることで大きな成果が期待できる。

まず「マジックアワー」とは何かを考えてみよう。

マジックアワーという言葉に、心理学上の定義はない。つまり使う人次第で、どのような意味にも捉えられる。シカゴ大学医学部で脳ダイナミクス研究室の主任を務めるステファニー・カシオポ博士(神経科学者、Nikeパフォーマンスカウンシルのメンバー)によると、マジックアワーには以下のような特徴があるという。

  • 意図的に設けた時間でなくてはならない。カレンダー上のルーティンよりも自発性が高いこと。
  • 安全な場所での活動であること(他人はもちろん、自分自身からも邪魔されない聖域)。
  • スポーツ、趣味(料理、チェス、絵画など)、好きな仕事(小説の執筆)など、心の底から楽しいと思える時間帯であること。
  • スキル(いざという時に自分を輝かせる技術)を磨く時間帯であること。

マジックアワーを確保すべき理由

マジックアワーを正しく過ごせば(詳細は後述)、通常のワークアウトやロングランなどの訓練(趣味のスケッチなども)では得られない効用が期待できる。

1. 自分の弱点を改善できる

「経験を積み、スキルレベルが上がるほど、基本的なことがおろそかになりがち」と指摘するのは、クリストファー・ジャネル博士(フロリダ大学パフォーマンス心理学研究室長)。「目前の問題が実際以上の難題に見えるときは、基本に立ち返ることで克服できる場合も多いものです」

たとえば、クロスフィットのリフトや複雑なダンスコンボがなかなかできないとき。マジックアワーを設けて基本動作を復習すれば、自分のバランスの悪さやステップの誤りに気付くことがある。アーダ・ヘーゲルベルグも「効果を挙げるためには、丁寧に何度も繰り返すことが大切」とNikeのインタビューで答えている。ジャネル博士とカシオポ博士の意見も同じだ。

世界的サッカー選手のアーダ・ヘーゲルベルグが、目標達成に役立つ毎日1時間のトレーニングを伝授

2. 自信が高まる

繰り返し実践することには、メンタルスキルの向上に大きな効果がある。具体的には、「自己効力感」と「自己肯定感」の2種類だ。「同じ動作を何度も繰り返したり、習慣づけたりすると、反復練習の経験を踏まえて『できる』という実感が強まります。これが自己効力感で、自分がうまくやれる事実を認知した状態です」とカシオポ博士は説明する。自己効力感は自己肯定感につながる。自己肯定感とは、自分を信頼できる感覚のこと。ペナルティーキックを任されたときのような重圧にうまく対処できるようになる。「自己肯定感があれば、心理的な動揺や外部からの揺さぶりを緩和して、雑念を取り払うことができます。そうすれば目前のタスクに集中し、最終的に乗り越えられるのです」とジャネル博士は説明する。

それでも無様に失敗してしまうことは、アーダ・ヘーゲルベルグにだってありうる。カシオポ博士が対処法を説明する。「自分は努力してきたし、成功する能力を持っている。そのことを実感させてくれるのもマジックアワーの力です。自分が壁を乗り越えられると再確認し、どんどん上達すると信じられるのです」

3. 自分をコントロールできる実感が得られる

マジックアワーは自分だけの習慣なので、傍目には同じことの繰り返しにも見える。でもだからこそ、意味があるのだとジャネル博士は説く。「マジックアワーは、形がなく抽象的な思考や感情に対して、意識的に向き合えるシステマチックな現場。焦る気持ちを募らせるのではなく、思考や感情の実態を捉えながら対処できる機会になるのです」

言い換えると、絶望的な破局やパンデミックなどの難局を切り抜けるのにもマジックアワーは役立つ。カシオポ博士は説明する。「自分が慣れ親しんだことに触れることで、エネルギーと心の平和を取り戻す。そこからどんなストレスにもうまく対応できる余裕が生まれる。これがレジリエンス、つまり回復力と呼ばれる能力です」

「マジックアワーは、辛い結果の原因に向き合う方法としても優れています」とジャネル博士は言う。たとえば、目標の自己記録に届かなかったり、デッサンをしくじったり、ライバルに蔑まれたりして自己嫌悪に陥ったとき。「自分が傷つくことのないマジックアワーという聖域を使えば、そんな経験に向き合って自分の感情を把握し、その感情を別のリアクションで上書きできます。そうすれば、今後似たようなことが起きても、うまく乗り越えられるようになるはずです」

「自分は努力してきたし、成功する能力を持っている。そのことを実感させてくれるのもマジックアワーの力です」

ステファニー・カシオポ博士
Nikeパフォーマンスカウンシルメンバー

4. 本来の自分に忠実になれる

人生では、自分の性格や望みにそぐわない役割やライフスタイルに甘んじることもある。それでも毎日の生活で、本来の自分を大切にすることは計り知れないほど重要なのだとカシオポ博士は説く。「自分だけの習慣を持って原点に立ち返り、それを長期間にわたって続けているほど、家族や企業から勝利を期待される重圧下でも本来の自分に立ち戻れる。数々の栄誉を手にしたアーダ・ヘーゲルベルグ選手が、今でも現実的な視点を失わないでいられる秘訣のひとつが、マジックアワーなのかもしれませんね」とカシオポ博士は言う。

5. 楽しめるようになる

目標を想定したアクティビティが楽しめなくなると、そのアクティビティ自体も止めてしまう可能性が高くなる。これはジャネル博士の指摘だ。父親とボール蹴りしたり、お気に入りの動物の絵を描いたり、子どもの頃に習った料理のレシピを思い返したりする。難しいことを考えずに楽しんでいた時代をマジックアワーで内省すれば、自分の情熱を生み出した根源的な理由に立ち返れるのだ。カシオポ博士も言う。「好きなことは上達が早いもの。なぜなら熱心に取り組むからです」

自分だけのマジックアワーの作り方

マジックアワーなんて大仰な名前だが、こしらえるのは実に簡単だ。自分の心がときめいて、さらなる上達が見込めるアクティビティを選ぶだけ。マジックアワーの長さ、頻度、他の参加者の有無や人数は後から決めればよい。

「マジックアワーの設定に、これといった正解はありません」とカシオポ博士は言う。それでも自分が没頭できるだけの時間(20分以上)と、次回が楽しみになる頻度(1日、1週間、1ヵ月、1シーズンに1回など)を確保する必要はある。アクティビティの直前は、携帯電話を切っておこう。カレンダーにも、マジックアワーを邪魔する余計な予定を入れない。とにかくこの時間を確保するため、あらゆる手段を講じる必要がある。

マジックアワーの最中には、何をすれば良いのだろうか。答えは、一番始めに習った基本的なスキルを思い返すこと。カシオポ博士いわく、しばらくやっていない基本動作ほど効果的だ。重要なのは、自分がその練習中にずっと笑顔でいられること。もし練習が楽しめなかったら、思い返す対象が間違っている。自然な笑みが出てくるまで、いろいろ試してみよう。それができれば、正しい思い出を掘り起こした証拠だ。

文:シャーロット・ジェイコブス
イラスト:ルネ・フィスカー

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公開日:2021年5月2日