食べ物と気分にはどんな関係があるか?
食事
科学的な見地から、管理栄養士が食べ物と気分との関係について解説。
従来の医学では、心と体は別々に扱われてきた。 しかし新たな研究によると、この2つは切っても切れない関係にあることがわかっている。 良い栄養習慣を身につけることは健康的なライフスタイルを送るうえで必要不可欠だが、食べ物が精神面に与える影響とはどんなものだろうか?
食べ物と気分との関係
2009年に発表された研究では、4年半にわたり10,000人以上の大学生を対象に調査が行われた。なお、2009年というのは栄養精神医学の分野がちょうど発展し始めた時期だ。 このときの調査テーマは地中海式食事法とうつ病発症との相関関係だった。研究者は、学生たちが地中海式食事法をどれだけ忠実に生活に摂り入れているか、また彼らの中にうつ病と診断された者がいるかどうかを調べた。
被験者となったのは、うつ病と診断されておらず、調査時点で抗うつ薬を服用していない若者たちだ。 4年後の追跡調査において、医師から臨床的うつ病と診断された、または抗うつ剤を使用していたことを報告した場合、その被験者はうつ病を発症したと見なされることになっていた。
結果としてわかったことは、地中海式食事法を最も忠実に摂り入れた人々は、うつ病を発症するリスクがより少なかったということだった。 ただし重要なのは、この調査が焦点を当てているのは、因果関係ではなく相関関係であるということ。 つまり、この研究だけでは、地中海式食事法がうつ病を予防するとは言えないことを意味しており、あくまでも臨床的うつ病を発症するリスクがより低いという関係性がわかったのである。 また、この調査対象となった学生たちの家系にうつ病を発症した人がいるかどうかはデータに含まれていなかった。
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さらに、2017年に『BMC Medicine』に発表された論文は、研究者たちの間に議論を巻き起こすこととなった。 理由を説明しよう。 食事の質を高めることでメンタルヘルス(主にうつ病)も改善できるということが、無作為化臨床試験において初めて示されたからだ。
SMILES試験として知られるこの画期的な研究では、中等度から重度のうつ病と診断された人々を治療するためのツールとしての食事介入について調査が行われた。 うつ病として特定の医学的基準を満たし、加えて食事の質の評価で「悪い」と評価された者が被験者として登録された。 被験者グループは、(1つの主要食品群を減らして)11の主要食品群から成る、修正された地中海式食事法を12週間続けた。 具体的な食品は次のとおり。
- 全粒粉(1日5~8食分)
- 野菜(1日6食分)
- 果物(1日3食分)
- 豆類(週3~4食分)
- 低脂肪で糖類無添加の乳製品(1日2~3食分)
- 生の無塩ナッツ(1日1食分)
- 魚(週に少なくとも2食分)
- 赤身肉(週3~4食分)
- 鶏肉(週2~3食分)
- 卵(週6個まで)
- オリーブオイル(1日大さじ3)
- 「余分な」食品の摂取は週3回までに減らす。余分な食品とは、お菓子、精製穀物、揚げ物、ファーストフード、加工肉、標準的な赤ワインまたは白ワイン2杯を超えるアルコール飲料、砂糖入り飲料など。
この結果、実験グループは、対照グループと比較してうつ病の症状が改善し、実験グループの32.3%、対照グループの8%がうつ病の寛解を達成した。 実験グループは、不安とストレスの改善も示した。
2019年の『PLoS One』に発表された、オーストラリアで実施された別の無作為化臨床試験では、若年成人の食事パターンを前向きな内容に変えることでうつ病の症状が軽減するかどうかを調べた。 調査対象となったのは、うつ病・不安・ストレスの尺度として用いられるDASS-21で7以上のスコアを持ち(これは中等度以上のうつ病症状に相当する)、さらにオーストラリアの健康的な食事ガイド(検証済みの調査ツールを使用して確立されたもの)の基準に従わない、質の悪い食生活をしている若年成人。
研究者たちはこの研究で、(食事を改善するための)コンプライアンスの程度がうつ病の症状に異なる影響を与えるかどうかも調べたが、結果的に、それらが確かに影響を与えることがわかった。
SMILES試験と同様、3週間の食事介入の終了時に被験者グループのうつ症状は改善したことが明らかとなり、その後3か月間の追跡調査でもその結果は維持された。 ただし、この研究で使用された食事は、SMILES試験のものとは若干異なっていた。
- 野菜(1日5食分)
- 果物(1日2~3食分)
- 全粒穀物(1日3食分)
- タンパク質(赤身の肉、鶏肉、卵、豆腐、豆類などを1日3食分)
- 無糖の乳製品(1日3食分)
- 魚(週3食分)
- ナッツとシード類(1日大さじ3)
- オリーブオイル(1日大さじ2)
- スパイス(ターメリックとシナモンをほぼ毎日大さじ1)
被験者はまた、精製炭水化物、砂糖、脂身の多い肉または加工肉、およびソフトドリンクを減らすよう指示された。 オリーブオイル、シナモン、ターメリックは、一見何の共通項もないように見えるかもしれないが、2018年のレビュー論文では、これら3つの食品すべてが脳の健康に有益な効果をもたらすことが確認されている。
気分を改善するために摂るべき食品
食べ物が気分にどのような影響を与えるかについての研究はまだ進められている最中だが、研究者や科学者はすでにポジティブな役割を果たす多くの栄養素を特定してきている。 たとえば、植物性食品由来のビタミンやミネラル、良質なタンパク質、オメガ3脂肪酸、そして食物繊維を多く摂取すると、栄養を脳に与えられることが知られている。 また、それらによって気分を良くさせる神経伝達物質であるセロトニンやドーパミン、心を落ち着かせる神経伝達物質であるGABAの生成が最適化される。 しかし、別のメカニズムが作用する可能性もある。
2019年に学術誌『Antioxidants』に掲載されたレビューでは、抗酸化物質を含む食品をより多く摂取することで、炎症と酸化ストレスがどのように軽減されるかが論じられている。これらはいずれも、うつ病の症状改善に働く可能性があるのだ。また、抗酸化物質を含む食品を食べると、BDNF(脳由来神経栄養因子)と呼ばれるタンパク質を増やすことができるという。これは脳細胞の健康維持と、新しい脳細胞の生成を担うタンパク質だ。
栄養素が気分に影響を与えると考えられるもう1つの根拠として、腸への影響がある。 興奮したとき、ソワソワする感覚を経験したことはないだろうか。 または、緊張してお腹が痛くなったり、便意を催すような感覚を覚えたりしたことはないだろうか。 こうした現象が起こるのは、腸と脳が双方向の関係にあるからだ。 2020年に『BMJ』に掲載されたレビューでは、私たちが摂取する食べ物はマイクロバイオーム(腸内に住むバクテリアの世界)に直接影響し、それが私たちの気分に影響を与えることが指摘されている。 新たな研究では、腸内細菌が気分に影響を与える可能性のあることが示されているのだ。
では、気分を良くするためには、毎週の食料品の買い物でどのような食品を取り入れるべきなのだろうか。 2018年に『World Journal of Psychiatry』に掲載されたレビューによると、動物界の食品で気分を改善するものといえば、ほとんどがシーフードだという。 アサリ、サーモン、フエダイ、ムール貝、マスは、鉄分、オメガ3脂肪酸(EPA、DHA)、ビタミンB12、亜鉛といった栄養の宝庫だ。 これらの栄養素はそれぞれ脳に直接影響をもたらす。 鉄は脳に酸素を運ぶのに役立ち、オメガ3脂肪酸は脳細胞の健康に重要であり、ビタミンB12は新しい脳細胞の生成を助け、亜鉛は免疫細胞に作用して細胞の成長をサポートする。
植物界では、ほうれん草、ケール、スイスチャード、新鮮なハーブなどの葉物野菜に加え、ピーマン、ブロッコリー、芽キャベツ、キャベツ、イチゴが、重要な臓器である脳に栄養を供給する食品リストのトップに立つ。
これらの食品をおいしく味わうことができれば申し分ない。とはいえ、これらの食品すべてが自分の食生活に含まれていなくてもストレスを感じる必要はない。 一般的に、良い精神状態を保つために最適な食事は、虹の7色を含む食事といわれる。 果物のベリーが入ったボウルに含まれるマグネシウムの量をいちいち調べようとするかわりに、1日に摂取するさまざまな食品の色の数を考えてみよう。
日々の食卓が彩り豊かであればあるほど、脳、腸、エネルギーレベル、睡眠の健康をサポートする抗酸化物質や、さまざまなビタミン、ミネラル、食物繊維を摂取できる。 そしてこれらはすべて、より良い気分につながる。
摂取するものとは逆に、砂糖が多く添加され、ラベルに複数の成分が記載されている、パッケージ化された加工食品はできるだけ控えよう。 これまでに紹介した研究で人々の気分に改善が見られたのは、栄養価がより多く詰まった食品を食生活に加えたことに加え、加工食品を減らしたことが寄与していたのを忘れてはいけない。 ただし、食べ物を過度に制限してしまうと気分に悪影響を及ぼす可能性があるため、気をつけながら適度に加工食品を取り入れるのであればかまわない。
文:シドニー・グリーン(理学修士、 登録栄養士)