呼吸法で自分をコントロールする
Coaching
気持ちを鎮めたいときもワークアウト後のリカバリーでも、すでにやっていることを実践すればいい。それは呼吸だ。
呼吸。それは無意識の営み。どのように呼吸するのか自分の体に指令を出す必要はない。それともあなたは呼吸を意識しているだろうか?
ヨガ、太極拳、気功など心と体の運動で、何よりも呼吸を重視するのには理由がある。何百年にも亘って実践されてきた、これらの先導者たちは、呼吸(「プラーナーヤーマ」とも言う。ヨガのクラスで聞いたことがあるかもしれない)に集中するべきタイミングとコントロール方法について何らかの知識を備えていた。心と体をつなげ、ともに安らぎの状態に導くことができるのだ。
生理学的には、息を吸うことで活動に必要な酸素を体に取り入れ、息を吐くことで不要なもの、つまり二酸化炭素を排出する。多くの人は、心拍数を下げ、ストレスを和らげる傾向がある副交感神経系(安静や消化を促す)よりも、ストレスによって通常支配的になる交感神経系(闘争や逃走を促す)が優位になっている時間が長いと説明するのは、ニューヨーク市でADPTを創設した理学療法士のアルヴィン・ダイク氏。意識して呼吸をコントロールすれば、神経系をもコントロールでき、ストレスのかかった状態から安らいだ状態へすぐにスイッチを切り替えることができると話している。
意識して呼吸をコントロールすれば、神経系をもコントロールでき、ストレスのかかった状態から安らいだ状態へすぐにスイッチを切り替えることができる。
アルヴィン・ダイク
理学療法士、ADPT(ニューヨーク市)の創設者
同様に正しい呼吸法が交感神経系をいい意味で刺激してくれ、活力と気分を高めてくれるとダイク氏は続ける。要するに呼吸は多面的な効果が期待できる治療の一種であり、どんな気分もどんなに大変な一日も克服する力になる。しかもシンプルで、費用がかからず、てきめんに効果が現れる。
話がうますぎて信じられないだろうか?それはおそらく、「肺に酸素を取り込むのに肺が持つ機能の一部分しか使えておらず、胸の上部だけで呼吸している」多数派の一人だからだろう(自分が該当するかどうか確認する簡単な方法がある。片手を腹部に、反対の手を胸部に置き、息を吸ったときにどちらの手が持ち上がるかを確認してみよう)。胸郭を3方向(上下、前後、左右)に膨らませるように横隔膜を使って呼吸するのが理想、とダイク氏は話す。この呼吸法の基礎作りのために、息を鼻から吸って腹部まで取り込み、背中とお腹が膨らむのを感じるまで息を吸い続けてみよう。この呼吸法をマスターすれば、「呼吸法や呼吸のテンポをさまざまに変化させて、感情に生じる反応を、望む状態に導くことができます」とダイク氏。
次に専門家がすすめる呼吸法を紹介する。活力を抑えたい、活力が足りない、インスピレーションが湧かない、大きな不安を抱えているなど、どんな問題に対処するときも、この呼吸法のいずれかを実践すれば、ほぼ瞬時に心の状態を改善できるかもしれない。
1. 睡眠不足のとき:6-4-X呼吸
「目覚めたときに疲れやふらつきを感じるのは、副交感神経が優位にあることの現れです」とダイク氏。夜更かしして好きなテレビ番組を一気に見てしまったときも夜中まで残業したときも、「時間をかけて息を吸い短時間で息を吐くことで交感神経が刺激され、心拍数が上がり、活動性が高まります」とダイク氏は説明する。
仰向けになり、6秒かけて息を吸い、4秒間息を止め、すぼめた口から力強く息を吐く。速く力強く息を吐き、肺に残っている二酸化炭素をすべて出し切る。「次の呼吸で酸素をよりたくさん取り込めるよう、横隔膜に負荷をかけることができます」とダイク氏は話す。
2. 仕事をやる気になれないときや燃え尽きたとき:ブレス・オブ・ジョイ(歓喜の呼吸)
間抜けな名前に聞こえるかもしれないが、「3部構成のこの呼吸法はエネルギーの流れを助けてくれます」と、クウェートのTru3 Yoga創設者でオーナーであるサナー・A・ジャマン博士は言う。「深い呼吸が動きと組み合わさって、まず交感神経系を刺激し、血液中の酸素レベルを高めることで、全身を覚醒させるのです」と博士。さらに明晰な思考を促す副交感神経が刺激されるので、気分とやる気が高まる、と説明を続ける。
まず足を腰幅に開いて立ち、少しだけ膝を曲げる。肺の3分の1まで息を吸いながら(肺の下方に空気を一滴ずつ垂らすつもりで)、手のひらを天井に向けて腕を体の前に大きく伸ばす。そして肺の3分の2まで(肺の真ん中辺り)息を吸いながら、手のひらは上向きのまま、腕を肩の高さで左右に伸ばして「T」の形になる。次に肺の容量いっぱいになるまで息を吸い(これ以上一滴も空気が入らない状態になるまで、肺の上部まで空気を満たす)、手のひらを内側に向けて腕を頭上に大きく上げる。最後に口を開き「ハー」と声を出しながら息を吐きつつ、膝を曲げてしゃがみ、腕を大きく下げて後ろに回し、飛び込み選手のような姿勢になる。
効果が現れるまでこの手順を7-9回繰り返す。
3. 不安なとき:吐く息に時間をかける
気持ちが特に落ち着かないとき、たいてい呼吸が浅く速くなる。この胸式呼吸では、心拍数、緊張感、ストレスが急激に高まり、不安な状態が悪化する。横隔膜を使う呼吸にして、吸う息より吐く息に時間をかければ、リラックス状態に導く副交感神経のスイッチが入るとダイク氏は説明する。
どんな姿勢で始めてもよい。6秒かけて息を深く吸い、腹部が膨らむのを感じる。息をお腹にためた状態で4秒間息を止める。12秒かけて息を吐き、腹部がへこむのを感じる。
追記。12秒かけて息を吐き続けることができなくても問題ない。7秒間息を吐くことを目指し、そこから伸ばしていくようにしよう。「12秒間息を吐けるようになるには時間がかかります。他の筋肉と同じように横隔膜にもトレーニングが必要だからです」とダイク氏は指摘する。
4. ワークアウト後にすばやくクールダウンしたいとき:シータリー呼吸
「シータリー」とはサンスクリット語で「熱を冷ます」という意味。この呼吸法ではワークアウトでオンになった闘争/逃走反応のスイッチを切り、代わりに安静と消化の反応を促す。それにより血圧が下がるため、体温が下がって筋肉や神経の緊張がほぐれるとジャマン博士は説明する。
心地よい椅子に座り、視線を床に落とすか目を閉じ、両手を膝の上に置く。舌を突き出して筒状に両端を丸め、ストローのようになった舌から深くゆっくり息を吸う。息を吸ったら口を閉じ、鼻から息を吐く。これを好きなだけ繰り返す。リカバリーを速めたい場合は、最低1-5分間繰り返すとよい。
5. 就寝時間にリラックスしたいとき:呼吸をベースにしたボディスキャン
布団に入ってもいつまでも同じことを考えこんでしまうときや、なかなか眠れないというとき、ボディスキャンが役に立つことがUCLAの研究で分かった。この呼吸法は、体のどの部分が緊張しているのか意識して探るスキャンと、緊張を解く深い呼吸を組み合わせるという特殊なもの。休息のために心拍数を下げ、そのプロセスで脳を紛らわすというさらなる効果が期待できると、呼吸法の専門家でBlack Girls Breathingを設立したジャスミン・マリー氏は語る。
布団の上で体を伸ばして横になり、目を閉じる。ゆっくり深く呼吸し、吐く息が吸う息の2倍になるように時間をかけて息を吐く。頭からつま先まで、またはつま先から頭まで順に体の各部分の様子に意識を向ける。「緊張を感じる部分がどこなのか分かれば、その部分で呼吸に集中します」とマリー氏。
全身のスキャンが終わっても眠気を感じないときは、深い呼吸を続けるか始めからもう一度やってみよう。
その日がどんな一日でも(何もない一日など期待できないことはもう分かっているだろう)、「とにかく呼吸すること」を思い出せばマントラを唱える以上の効果が得られるはずだ。呼吸法は、自分が望む気持ちになれ、望まない気持ちを回避できる理にかなった方法なのだ。